

KEISEI
歌の道に进むとは、6、7年前までは想像もしてなかった」
――耻ずかしがり屋で中学の合唱コンクールの日に学校を休むほどだったKEISEIが歌に目覚めたのは18才の顷だ。どうしてもカラオケを歌わなければいけない状况に陥った时に、歌はボロボロだったが、歌うことをそれほど苦痛に感じていない自分を発见。2、3ケ月后には毎日2时间、1人でカラオケに行くようになっていた。
「歌が上手いとモテるし、どんな曲も、何回歌っても気持ちよくて楽しかった」
――“家庭学习期间”に1周间连続で8时间カラオケに通い、喉がひどい炎症を起こして点滴生活を送ったり、歌が上手くなりたい一心でタウンページで见つけたボイストレーナーの先生のレッスンを受けまくったりも。学校の成绩は一気に下がったと言う。
进路を决めかねていたKEISEIに音楽の専门学校への道を勧めてくれたのは、学园祭でKEISEIの歌を聴いた高校の先生だ。最初は反対していた父亲も、2、3年でダメだったら帰って来る、という条件付きで许可を出す。通ったのはATSUSHIとTAKAの出身校だった。
上京后のKEISEIがハマったのは、ブラックミュージックだった。月に25回はクラブに通い、仲间と组んだグループでライブをするようになる。学校ではずっとトップのクラスだったが、校外の活动では自信を失うことも多かった。
「自分の引き出しの少なさ、うぬぼれていた自分のちっぽけさを思い知らされ、くじけたり复活したりを缲り返していた」
――上京3年目。グループの解散と同时にプロを目指す気力を失いかけていた时に知ったのがEXILE VOCAL BATTLE AUDITIONだった。プレッシャーに弱いKEISEIは、3次审査の日に発热。喉に问题はなかったので、38度5分の身体で歌いきる。ファイナリストにはなれなかったが、自信と気力は回复。さらに武道馆のファイナルを见て、“顽张ろう”という気持ちは燃え上がる。
「一绪に戦ったみんなが一生悬命歌っている姿には感动したけど、自分もこのステージに立てていたのかもしれない、自分は歌に対する取り组み方が足りなかったんだな、と思って涙が出るくらい悔しかった。冲撃的な夜だった」
――今度こそこれで自分の人生は决まる、という紧张から肺炎を発症しつつも、KEISEIは约一ケ月后のCOLORのオーディションに无事合格。その后は、自分のスキル不足やメンタルな弱さと向き合い、それを少しずつ克服しながら过ごしてきた。
「DEEPになってからは一人ひとりが今まで以上に“もっと成长しなきゃ”という意识を持って作品作りにもライブにも向き合えている。今回のアルバムも、歌词の世界観を大事に、细かいところにまでしっかり気を配って作れたと思う」
――KEISEIが歌と过ごした时间はまだ少ないが、密度は浓い。
「カッコよくなったね、と言われるより、歌が良くなったね、と言われる方がはるかに嬉しい。仆は“理想の自分”になるために歌を歌っているんだと思います」