【日文版小说】过ぎる十七の春 ,小野不由美(转载)
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tulip_87 楼主
过ぎる十七の春
小野不由美
2009年12月11日 13点12分 1
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tulip_87 楼主
プロローグ
——やめてください、お愿いします。
——この子はわたしの子供です。
——おかあさん。
一章
       1
   日は高く白く、山は午睡をむさぼる形。なだらかな稜线は绿、远いほど霞に淡く、近いほど新绿に深い。
   细い渓流沿いの道を、くすんだ象牙色と小豆色のツートン・カラーのバスが走る。直木はその小豆色のシートにもたれて窓の外を见ていた。
   ガードレールのむこうには碧い水、あちこちで瀬をつくり、渓流に突き出た石に当たっては白く砕けて駆けくだっていく
   渓流の両岸から、うなだれ、のぞきこむようにして绿が枝を差しかけていた。アスファルトの上に影を落とす新绿の枝、谷川をはさんだ対岸は土の色も露わな崖で、たどる道もないのだろう、渓流に倒れこむようにこんもりと绿が盛られている。
   人気のない路线バスの车内には、梢から滴った碧の影がたゆたっていた。碧の碧の合间に木漏れ阳が白くて、车はまるで海底を走っているようだ。乗客は直树と、前方に离れて座っている妹だけ。その妹の典子も眠ったようにしてシートに头をあずけている。しんと静谧に、ただ軽いエンジン音だけが响く。
   フロントガラスでは、道に迫った绿が右に左に切れていく。対岸の林の上から、渓流の奥に続くまろやかな形の山。先细りに细く切れこんだ谷间を、绿をかき分けるようにして、より深い懐へ向け、バスは走る。
   渓谷の一番奥を曲がったとたん、いきなり视野が开けて车内が阳光に白く染まった。
「わあ……」
   小さく声をあげたのは、典子だった。どうやら眠っていたわけではなかったらしい。子供のように一番前の座席を占めた小柄な身体が、身を乗り出すようにして前屈みになった。
   直树もまた、突然あらわれた阳射しに目をしばたたいた。
   そこは谷间の里、花に埋もれた谷だった。
   四方にはゆるやかに曲线を描く山の连なり、山裾を囲むのは杉并木。细いまっすぐな干は深い树影に白く、こっくりとした绿を顶上にのせて林立している。杉木立に囲まれた小さな谷间に开けた田畑と、寄ったり离れたりしながら点在する家并みと。
   ——そして、花。
   狭い谷间がけぶるほどの花。田圃には一面の莲华。蒲公英。菜の花。远くなるほど浓さを増す红や黄色の绒毯の合间、浮岛のように白く丸いのは桜、桜、桜。家々の轩先から花を开く、木莲、海棠、桃、椿。水木、山吹、雪柳。生け垣の马酔木、三桠、连翘。白に、黄色に、薄红に、薄紫に咲き乱れる花たち。
   谷一面の、花の色。

2009年12月11日 13点12分 2
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tulip_87 楼主
「すごいねぇ」
   座席をすべりおりた典子が、千鸟足で直树の所へ戻ってきた。カーブに倾き、半ば転ぶようにしてすとんと直树の脇に尻饼をつく。
「ぜったい、お伽の国みたいだよね。花の里」
   花の里。まさしく。
   几重にも重なった桜のせいで、谷の色はまず目に白い。これが桃の薄红なら、いっそ桃源郷にでもまよいこんだかと思うほどだ。
「きれい。——ほんとうに」
   つぶやいた典子に、直树は笑ってみせる。
「いまさらだろ。お前、毎年そうやって大騒ぎするのな」
「何度见てもすごいもん。——不思议だよね、こんな时期に春咲きの花がぜんぶいっぺんに咲き揃うなんて」
「経度と标高のかねあいだろ。阳射しはこんなで、気温が低いから」
   窓の外を见やっていた典子が、うらめしげに直树を振り仰いだ。
「そういうこと闻きたいんじゃないの」
「はいはい。キレイ、キレイ。よかったなー」
「そういうことでもないっ」
   典子の膨れっ面を笑いながら、直树は景色で目的地が近いのを知る。
「ほら、降りるぞ」
   軽く典子を小突いて荷物をまとめ、バスの先头にある両替机に向かったとき、运転手がふたりしかいない乗客に话しかけてきた。
「旅行ですか」
   まあ、と言叶を浊す直树の横で典子が明るい声を返す。
「亲戚の家に游びに来たんです」
「こちらは初めてで?」
   折り目正しい人柄のようだ。寂びてはいるが丁宁な声で讯いてくる。道に目をやったままの横颜には人好きのする笑みが浮かんでいた。
「いいえ。毎年春と夏には来るんです。今年はずいぶんあったかいですね」
「急に阳気がよくなってね。冬は雪がきつかったけど。三月に入ったとたん、気が変わったみたいにあったかくて。——お兄さんですか?」
「ハイ。不肖の兄です。早くカレと来る身分になりたい」
   典子の台词に运転手は声をあげて笑った。
「亲戚のおうちはどこです?」
   典子は手を挙げて、ゆるくカーブの描いている道の向こうを指した。
「あっちのほう。里の外れの集落です」
   运転手は再び笑う。「里」という言い方はいいね、と言って。
「停留所を少し行ったところ?だったら、そこまで乗っていきなさい。间道の前で降ろしてあげますよ」
   典子が歓声をあげた。
  
   花の间をくぐり抜けるようにして、バスはさらに谷间を分け入る。停留所を通り过ぎ、三分ほど走って里を抜けた。
   ふたりは里からほど远からぬ杉并木の脇でバスをとめてもらった。谷间は细长く、奥には十轩ほどの家が轩を连ねた小さな集落がある。集落へ向かう细い道と県道は、ゆるやかなカーブを描いてそこから互いに离れていく。道と道の间に残された中州のような斜面にも、余白を惜しむようにして杉が植えてあった。
   运転手に礼を言い、典子にいたってはおやつに持参のクッキーをプレゼントしてバスを降りると、船を送るように手を振って车両を见送る。山间の道をおもちゃのように走っていくバスをいつまでも见送る典子を肘でつついて、直树は歩きだした。林の间を踏み分け道のような间道が细く延びて斜面をくだり、细いコンクリートの道に通じている。
「亲切な运転手さん。もうけちゃったね」
   典子は上机嫌だった。
   十メートルほどで木立が切れると、ぽつぽつと家が并ぶ小さな集落に出る。ここも一面の花だ。そうして、その家并みの中でもっとも里に近い家。それがふたりの向かう伯母の家なのだった。
   その家は集落の外れにある。山の斜面に石垣で支えられて、他の家々より一段高い。人の背丈ほどの高さの石垣の上には一面に桜が植えられていて、白い枝を道に向かって差しかけていた。
「今年はよく咲いてるね」
   典子が头上を仰いだ。
   桜にも当たり年があるようだ。花の薄い年と、浓い年がある。
「阳気がいいからな」
   答えながら、直树は并木のように枝を重ねた道を见やった。左には石垣と桜。右には杉并木。この集落は通り过ぎた里よりも一斜面分高い。そのせいで、桜と杉の梢がつくるアーチの间に谷间の桜が一望できた。
   离れれば里は绿だ。そこに白く桜の森が点在するように见える。春らしい优雅でのどかな眺めだった。
   行こうよ、と典子に促されて、直树は川石を敷いた石段に足をかける。同时に上からよく通る声が降ってきた。
「いらっしゃい」
   见上げると、茅葺き门の格子戸を开けて、従兄弟が颜をのぞかせていた。
「隆ちゃんだ!」
   典子が手を振る。
「どうして分かったの」
「庭にいたから、声が闻こえた。お疲れさん」
   片手に花铗を持ったまま、軽い足どりで石段を降りてくる。
「今年もヨロシク」
   典子のおどけた会釈に、うん、と颔いて隆は直树に笑いかけた。直树も従兄弟に笑い返してやる。

2009年12月11日 13点12分 3
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tulip_87 楼主

   玄関の戸は开いている。アルミサッシではなく木制の连子格子に磨り硝子の入った戸だ。この家にはサッシの入ったところが一个所もない。防犯上は頼りないが、どうせろくに戸缔まりもしないような山里だ。古びれば滑りが悪くなって开け闭てが重くなる。それを修理するのは隆が父亲から受け継いだ重要な仕事のひとつだった。
   中に踏みこむと、三和土にはしんとした空気が淀んでいた。玄関にまで中の喧噪と、台所の匂いが漂ってくる直树の家とはまるでたたずまいが异っている。それこそ、别世界のとばぐちのように。
   瓦を敷いた広い土间と长い上がり框、入った正面の袄は开け放してあって、小さな冲立の前には八重桜と小手毬が活けてある。栏间は细かな组み格子の花座间、组みはリズミカルな菱蜻蛉。——美纪子と隆の影响で直树はこんなことには详しい。おかげで同级生からは若隠居の绰名をもらっていた。
   玄関の三畳を抜けて廊下へ。磨かれた廊下は、艶やかな色をしている。长く、曲がりくねった廊下は、直树にとっても典子にとっても、少なからず「迷いこんだ」感覚を感じさせるものだった。
   直树の父亲はごく普通の商社マンで、家は典型的はベッドタウンの建売住宅だった。狭い敷地の高い建物。通路としか呼びようのない手狭な廊下。やたらに物のひしめいた室内。母亲の由岐絵はそこにノブカバーや电话カバーをつけ、典子はぬいぐるみや小物を置いて、さらに色彩をあふれさせる。
   长い廊下と、ただ白いだけの漆喰の壁、袄と障子でできた家は、それだけで别世界の空気を漂わせていた。ここではおよそ、无目的にテレビが点いていることなどありえなかった。そのかわりに风の音と鸟の声が闻こえる。いまも天高くから降ってくる、あれは云雀の声だ。
   この家に来ると呼吸がたやすくなった気がする。せわしなく时间を巻き取っていく歯车は、谷の入り口で待ちぼうけをくっている。花でいっぱいのこの里には入れない。野草の家まで追ってはこれない。
「なーんか、ホッとするね」
   典子は本当に叹息しながら言う。いつもより声のトーンが下がるのは、家の内外に音が少なくて、声がうんと响くからだ。
「小さい顷は泣いてたくせに」
   直树が軽く揶揄すると、典子は頬をふくらませた。
「そういう大昔の话を持ち出すっ」
「本当だろ。廊下が怖いとか泣いてたのは谁だっけなー?」
   実际、田舎の夜は无音で怖い。しん、という音があるのだと、直树はこの家にくるたびに思う。小さい顷は夜の无音が怖かった。明かりの乏しい长い廊下や、座敷や仏间——都会育ちの直树には、常日顷には谁も使っていない部屋があること自体、违和感があった——が怖かったりしたものだ。
   兄弟が少ないのだから、せめて、という直树の父亲の意向で、ふたりは従兄弟と兄弟同然に育った。春と夏は隆に家へ必ず旅をさせられた。だから最初にこの家に来たのがいつだか、直树は覚えていない。母亲たちの证言によれば、生后二ヶ月の顷だと言うから、覚えていないのは当然かもしれないが。
   物心ついた时から长い休みには、ここへ旅するのが当たり前になっていたし、——おかげでいつの顷からか、ふたりの部屋がこの家には确保されている——直树も典子もそれを特に不満に思ったことはなかった。夜には怖いが、长い磨かれた廊下はスケート気分で游ぶのには都合がよかった。ひろい座敷は体育馆気分で転がりまわるのにちょうどよく、山は游びの宝库だった。
   おまけに隆とは気があった。生徒を抱えた美纪子はめったに旅をせず、母亲を一人残しておきたがらない隆もそれは同様だった。直树たちが美纪子や隆に会うのは、彼らがここへやってきた时だけに近かったので、いっそう旅をすることが苦痛ではなかったし、今ではここへ来ることが必要だと思う。谷の外に下界の喧噪を置いてくるために。

2009年12月11日 13点12分 5
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tulip_87 楼主
「——で、隆。彼女、できたか?」
「その言叶、そっくり直树にお返しします」
   典子が笑う。
「ムダムダ。お兄ちゃんには讯くだけムダってもんだわね」
「なんだよ、てめーは」
   直树が小突こうとした手を典子は逃れる。
「バレンタインデーにだって、义理チョコひとつないんだもーん」
「うるさいんだよ。俺はハードボイルドに生きてんの」
「ま、负け惜しみにしちゃ、上出来だわね」
「そういうお前こそ、赠る相手、いたのかよ」
「よけいなおせわ。あたしはこれから花の盛りなの」
   ——そういえば、と直树はふいに笑いを漏らした。
「お嫁さんになる、とか言ってたなあ」
   典子がぴくりと足をとめ、さも嫌そうに直树を振り返った。
「そういう昔のことばっか引き合いに出して笑いをとるのは、おじんくさくて、さもしいと思う」
「あれ?もう谛めたのか?」
「あいにく、小学校低学年の顷とは结婚観が変わりましたの、あたし。——そういうお兄ちゃんだって、幼稚园の顷とはずいぶん将来设计が変わったんじゃない?」
「なんだ、そりゃ」
「幼稚园の顷の絵に描いてあったの、见つけちゃった」
   言って典子は隆に向かって得々と开陈する。
「ぼくは大きくなったらカンガルーになりたいです、って」
「……へえ」
「——げっ」
   典子は声をあげて笑う。
「见たところ、まだ尻尾も生えてないみたいだけどー?顽张らないと、大きくなるのに间に合わないぞ」
「……そんなものがあったのか」
「ちゃーんと全部残してたよ、お母さん。昨日、整理してたの。いやあ、笑いましたね、あたしは」
「若気のいたりだ」
「お母さんってば、それを引っ张り出して妙にしんみりしちゃってさー。ひょっとしたら、この旅行中に息子が満愿を成就してカンガルーになる予感でもあったのかもよ」
「うるさいっ」
   典子に怒鸣ってから、直树は隆を睨む。
「笑うんなら、声をあげて笑えよ、てめえっ」
2009年12月11日 13点12分 6
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tulip_87 楼主
   定宿にしている小部屋に荷物を置いて、中庭に面した茶の间に向かうと、美纪子がそこで待っていた。
   家具といえば黒涂りの座卓。电话を置いた棚があるきり。テレビがあってそれだけの、非常につましい茶の间だった。畳の薄い柳茶の色、そこにしかれた座布団のあせた蓝染めの色。その絣柄には见覚えがある。美纪子が着ていたものをほどいたのだろう。
   装饰になるものといえば、美纪子の手による座布団や暖帘の刺し子だけ。縁侧を隔てて见える中庭には胡麻木と空木。まだ花をつけていない新绿が鲜やかで、その向こうには花の里が一望できた。
   地は一面の绿。山水を引いた笕のそばには射干が白い蕾をつけている。あたりは紫から薄青へのグラデーション。あれは堇の群生だ。野草の群れと自然に恵まれた山野。植物采集や昆虫采集、観察日记の题材には事欠かなかった。
   隆の父亲である芳高の地质は、古い絵や図鉴、书籍の宝库だったし、家の北隅にある蔵はさらに雑多なものの宝库だった。あちこちに首を突っこんで引っかきまわしたが、不思议に一度もそれを叱られたことがなかった。美纪子はおっとりと笑んで、片づけなければだけよ、と窘めるばかりだった。
   黒涂りの座卓の前に座って庭を眺めるふたりの前に、美纪子は桜饼と薄茶を置く。
「お父さん、お母さんは元気?」
「元気、元気。特にお袋は杀したって死にそうにない」
   くすくすと美纪子は笑う。
「ふたりとも、また大きくなったわね。典ちゃんなんて、ちょっと见ない间にすっかり娘さんねえ」
「とーんでもない。典子は见かけだけだから。中身もそうなるといいんだけどさ」
「——そう?」
「ガキみたいにやかましいし、落ちつきがないし」
「お兄ちゃんも大人にはほど远いの。まだ尻尾もぜんぜん生えてないし」
「あ、おまえ。まだそれを持ち出すかっ」
   美纪子がなあに、と首をかしげて、典子は得意満面、口を开く。直树はあわててその口を押さえた。
「なーんでもないから」
   隆は笑いをこらえるようにして、あらぬほうを眺めている。
「ふたりが来てくれると、赈やかで嬉しいわ」
「毎度毎度、やかましくてすみません」
「とんでもない。わたしと隆だけだと、喋らなくて」
   そう笑って、美纪子は学校のことや一家のこと、あたりさわりのない话をねだった。

2009年12月11日 13点12分 7
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tulip_87 楼主

   直树たちが、他爱もない话をしていると、トラ猫がゆったりと姿を现した。泰然とした足どりでまっすぐ隆に向かい、膝の上によじ登る。
「やっほー、三代。元気そうだね」
   典子が抚でようと手を伸ばすと、さも嫌そうにそっぽを向いた。
   この猫の模様は少し変わっていて、缟が妙にまっすぐのと蛇行したのとが交互になっているように见える。まるで三世歌右卫门の由来する芝翫缟のようだというわけで、中村歌右卫门と名を献上された。略して三代目、三代とも呼ぶが雌猫である。
   三代は隆の膝を自分のテリトリーだと坚持していて、他の何者だろうと占领するのを许さない。物があれば払い落とし、他の动物がいればたとえそれが大型犬の头であろうと、断固として実力排除に出て辞さなかった。すでに老齢で、歩くのも眠るのも伸びきったゼンマイのように缓慢だが、テリトリーを守るために戦うときだけは野生の闪きを见せるのだった。
   隆が指先に少しだけ饴をとってやる。三代は目を细めてそれを舐め取った。人间以上に甘党の猫だ。おかげで雄の三毛猫のように太っている。のそりと身を起こして、皿をのぞきこんだ三代を隆が軽く小突いた。
「もうだめ。糖尿病になりたくないだろ?」
2009年12月11日 13点12分 8
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今天在校门口的书店里看到了D版漫画……(远目
2009年12月11日 13点12分 9
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tulip_87 楼主
回复:9楼
插楼欢迎~好久不见。
漫画的话,现在已经有在线的了~吧里就有地址的。
百度河蟹的厉害,咳咳,楼下继续。
2009年12月11日 13点12分 10
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tulip_87 楼主
ニャアと声だけは仔猫のような风情で抗(河蟹)议の声をあげる。
「泣いてもだめ。あげません」
   ニャアと再び泣いて三代が头を隆の胸にこすりつけた。
「だめだってば。お医者さんにダイエットするように言われたろ?」
   困ったように三代をのぞきこむ隆を、直树と典子はめいっぱい笑った。
「……なに」
「おまえお母さんみたい」
   猫や犬や生き物を拾ってくるのはいつも隆だ。いったいどこでこんな生き物を、と関心するほど雑多な动物を拾ってくる。どこから见ても血统书のついていそうなシェパードの仔犬や、果ては瓜坊や狸や鼬や。いったい、どうやったらそんなものが落ちているのを见つけられるのだろう。
   どの动物も、どこかの家や动物园にもらわれていき、あるいは山に帰される。それでも隆を慕って戻ってくるものが后を绝たなくて、结局いつ来てもこの家には动物がいることになる。一昨年までは狸がいたがそれも死に、いまはこの家に残っているのは猫の三代だけだった。
   隆が空けてしまった小皿を、三代は名残惜しそうにいつまでも舐めていた。
   縁侧の外には徐々に阳の倾いていく谷间の春、典子や直树がかしましい声をあげるたびに、笕を水场に集まった野鸟が飞び立っては戻ってきた。手水に落ちる笕の水音、鸟の羽音——风の音。
   山并みの奥、谷を分けいったところ、まるで隠れ里のように唐突に开ける花の里。だとしたら、この家は迷い家。山道を往く人が、出会うという仙境の家。迷家にたどりついた者はなにか家财を持ち出すといい。それは彼に富と长寿を约束してくれる。
   もちろん、この家にあるものは汲みつくせぬ富でも不老长寿でもなかったけれど、ここにすむ亲子はひょっとしたら人とは异なる生き物かもしれないと、直树は密かに思っているのだった。

2009年12月11日 13点12分 11
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tulip_87 楼主

   ——微かに风か吹いている。
   忍びやかな音を闻きながら、隆は布団の上に身を起こす。床の中に潜りこんだ三代の毛なみを抚でながら、まんじりともせずに时を待った。
   隆の部屋は北の外れにあった。大きな书棚がひとつに机がひとつ。この部屋も、家具といえばそれだけのごくつましい部屋だった。灯火はすでに消してある。障子から泄れる月明かりで壁は青磁の色、布団を延べた畳も山鸠の胸の色をしている。
   部屋は裏庭に面している。二坪ほどの小さな庭で、三方を建物に囲まれ、阳当たりは良くない。それは间近に迫った山のせいでもあるのだが、夏には凉しい风が通って过ごしやすかった。
   三代の髭に手首をくすぐられて、隆は軽く微笑いをつくる。半分眠った老描を见やってから、再び表情を坚くして庭に视线を向けた。
   縁侧の雨戸は引いていない。障子はぴったり闭ざしてあるが、雪见窓は开けてある。その障子に切りとられた窓ごしに狭い庭が见渡せた。
   建物と山とに囲まれた小さな庭に、月の光が降っていた。山に面しては光悦垣が立て回してある。その向こうは竹林だ。垣根の组んだ竹の间からは、浓い下生えが叶先をのぞかせている。
   庭には枫が一本だけ。深いふっくりとした绿の苔を一面に敷きつめた中に、低く梢を広げていた。うずくまった羊ほどの大きさの古い伊势青石がひとつ。その脇には金襴が几株か、浓い黄色の花をつけている。
   その夜目には白い花を见ながら、隆は耳を澄ましている。风が枫を揺する微かな音がする。そして、山の音。
   隆は、山には音がある、と思っている。木立の微かなざわめきと下生えの揺らぐ音。小さな生き物の気配。そんな、あるかなしかの音たちが响きあって静かな音を作る。たぶん、そうなのだと思っている。気配と呼んでいいほど、本当に微かな山の音。
   隆はじっと音に闻き入る。それは眠る前の仪式だったが、いまは违う。隆は待っている。闻き惯れた音の中に、异分子が混じるのを。
   久しぶりに会った阳気な従兄弟たち。そのせいで今日一日忘れていられた、ささいなこと。——本当にささいなのかどうか、隆には分からない。それは表向き、人に话せば気のせいだと言われそうなことだ。実际、いつの间にかそれを寝床で待つのがくせになっていたが、同时に寝る前でもなければ忘れていられるほどに惯れてしまった。その——程度のこと。
   二时を过ぎた顷、隆の唇が「来た」と动いた。声には出さない。半分眠ったように目を闭じていた三代が、神経质そうに耳を立てた。
   小さな庭にはなんの姿も见えなかった。无人の庭に石だけが、月に濡れて银色の辉きを放っている。そこに忍びこんだ、なにか。
   それは気配のようなものだ。音もなく姿もない。だが、隆には分かる。これは山の音ではない。风でもない。生き物でもない。隆が知るいかなる自然の中にも、こんな気配を醸し出すものはない。激しい违和感。これはそこにあるはずのないもの。决して混じるはずのないもの。
   ——それとも、やはり気のせいだろうか。知らない动物でも迷いこんできたのだろうか?
   三代が猫独特の威吓音を発した。隆は喉を抚でてやってそれを静めようとしてみたが、三代は毛并みを逆立てたままだった。
   异端の気配は轩端を浮游する。気配の片鳞をそこここに散らしながら、小半时で消えた。
   隆はホッと息をついた。三代も布団に潜りこんで安堵したように目を闭じてしまった。
   あれはいったい、なんなのだろう。このところ毎晩のように现れる、あの异端の気配は。小半时より长くいることはない。だが、确かにいると感じるのだ。——そういう気がして仕方がない。
   隆は軽く溜息をついて、猫の隣に滑りこんだ。毛并みに手をのせて枕に頬を埋める。穏やかな山の音を闻きながら眠りに落ちた。
   ——きっとなんでもない。そのうち止んで、忘れてしまう……。

2009年12月11日 13点12分 13
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tulip_87 楼主

   ——雨が降っていた。
   ——やめてください、お愿いします。
   女の悲鸣が走った。
   ——この子はわたしの子供です。
   雨は降る。
   ——おかあさん。

2009年12月11日 13点12分 14
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二章
       1
   母亲は坂道を足早に歩いていた。前屈みに、白い麻の日伞を深く倾け、逃げるようにして坂を下っていく。
   それを小走りに追いかけながら、直树は何度も坂の上を振り返った。
   坂の上に见えているのは野草の家。ひっそりと门を闭じた家が、石垣の上から直树を见送っていた。直树は走り、母亲に追いついてその手を握った。
   ——もう、帰るの?
   振り仰ぐ角度で、直树は自分が母亲の背丈の半分ほどしかないことを知る。
   ——どうして?
   村落の道ばたに立ちどまった人々が、怪讶そうな目を向け、母亲はいっそう深く日伞を倒した。
   ——ねえ、ってば。
   ——直树ちゃんは、少し顽固なところがあるのね。
   やんわりとした声に振り返ると、伯母が立っていた。淡い生成の麻の着物が眩しい。
   ——……みたい。
   ——だれ?
   美纪子は首を振った。
   ——谁かに似てるの?
   ——昔、ちょっとだけ知ってたひと。直树ちゃんは知らないひと。
   ふうん、と直树は首をかしげる。母亲を振り返って、谁かに似てるんだって、と呼びかけた。
   母亲は荒れ地の前にしゃがみこみ、子供がよくそうするように肩に伞をのせるようにして手を合わせていた。
   ——どうしたの?
   そこには神社も寺もない。手を合わせるべきものは、なにもないように见えた。
   ——ぼく、似てるって。
   母亲は振り返り、ひどく嫌そうな颜をした。
   ——似てないわ。ぜんぜん、似てないじゃない。
   ——……おかあさん?
   直树は东の小部屋で目を覚ました。
   白い柔らかな明かりは障子越しに差しこむ光に独特の调子だ。喧しいほどに鸟が鸣いている。それを闻いて、ああ、来たんだ、と思った。鸟の声よりは他になんの音もしない。かろうじてさえずりがやんだふとした瞬间に、叶摺れ音がするだけだ。
   直树が来るたびいつも使うのは、东の坪庭に面した小部屋だ。床の间も棚もなく、ただ滞在中使えるようにと、文机だけが置いてあった。庭に面しては、障子をつけた火灯窓がひとつあるだけ。
   直树はぼんやりと身を起こした。なにか梦を见ていたような気がするが、はて、どんな梦だっただろう。あまり后味がよくないことは确かだ。
   それでのろのろと起きあがって障子を开けた。窓は栉形、开くと目の前の吊り灯笼から百舌が飞び立った。风が通る。こんなに花に覆われた庭なのに、花の匂いはしなかった。茶事の际には露地に光を薫くため、露地では香りの强い花を避けるからだった。
   窓の外には竹垣を背に五つ组の石が见えた。正真正铭、一坪ほどの広さが石庭になっているのだ。
   奥の大きな青石は角の尖ったこぶの形。こぶの间に白い缟が縦に通って、细い滝のように见える。流纹が描かれた白州の中に立った石は、绝海にそびえた奇岩の岛のようだ。高い崖はそのまま峰の稜线を作って、その奥の最も険しい山肌には高い滝がどうどうと落ちている。そんなふうに见えるのだ。
   风雅な庭のここだけが、そしてこの部屋から见た风景だけが、とてもダイナミックで気に入っていた。当然のようにあてがわれていた座敷からこの小部屋に宿を替えたのは、もちろんそのせいだったのだ。
   いつの间にかぽかんと庭に见入っていた自分に気づいて直树は少し苦笑する。家にいるときは庭を见たりしない。风景に见入ったりは决してしない。
   野草の家の住人は、あまりに当然のように风景を眺めてその日を暮らす。花が咲いたといっては微笑い、散ったといっては微笑いして、その他の欲望というものをいっさい持たないようだった。おっとりとした物腰もさることながら、それでいっそう仙人めいて、直树はいっそ羡ましい気がする。
「本当に隠れ里だな」
   直树は独りごちる。ここに来ると、仙境に迷いこんだように思える。仙界の空気にあてられて、直树みたいな人间でも少しは仙人ぶってみたくなるのに违いない。
2009年12月11日 13点12分 15
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tulip_87 楼主

   直树が起きて茶の间に行くと、すでに全员が揃って朝食を食べるばかりになっていた。
「遅ぉい」
   典子が文句を言う。
「昙ってるんで目が覚めなかったんだよ」
   东に面したあの部屋は、朝が来るのがとても早い。
   隆はそれを笑ってから、
「诞生日だね」
   そう柔らかな声で言った。
「へへー。十七になったぜ」
「おじん」
   典子の憎まれ口にしかめっ面を返してやる。その视野の端で、美纪子が妙に暗い颜をするのに気がついた。
   どうかしたのか、と声をかけようとして美纪子と视线が合った。美纪子は心なしか、あわてたように微笑って首を振った。
   直树はふと、あんな颜をどこかで见た、と思った。すぐに思い出す。母亲の由岐絵だ。直树が家を出るときに、向こうで十七になるぜ、と言ってみせたら、いまの美纪子のような颜をしたのだ。暗い気配が吹いて、表情を影が过ぎった。続いて言うはずだった、プレゼントは宅配便でいいからな、という軽口を直树は思わず呑みこんでしまった。そんな台词を言わせない、どこか深刻な阴りが确かにそこにはあったのだ。
   ——そういえば、と直树は首をかしげる。
   今朝见た梦、あれもなにか、母亲に関する梦ではなかっただろうか。
   午前中にはすぐ背后の裏山へ、典子のリクエストどおりに笋を探しに行った。
   孟宗竹の翠が深くて、竹林の中に入ると空気までも翠に染まって见える。どんなに树影が浓くても、黒でも灰色でもなくて翠だ。
   地面に颜をつけ、軽く锹の先で竹の叶の散り积もった土を掻いて、笋の头を探す。これがなかなかの难问だった。
「ないねぇ……」
   典子は腰を伸ばしてさする。
「やっぱり少し早かったかな」
「谁かが掘った后じゃねえのか?なんか所々、穴が空いてるぞ」
   直树が言うと、隆が、そうか、と声をあげた。
「あん?」
「猪だよ。……猪が掘ってしまうんだ」
「へーえ」
   ということは、と典子が目を辉かせた。
「猪が目をつけるぐらいだから、探せばあるよね。ねね、ここで见张ってれば、猪も见られるかな?」
   どうだろうね、と隆は再び复雑そうにした。
「ひょっとしたら、真夜中にうろついてるのかもしれないし……。本当に猪なのかな……」
「どっちなんだよ」
   猪だと言ってみたり、疑ってみたり。
「あ、これは猪だと思う。去年、隣の小父さんが、こぼしてたから。昼间でも来る、って」
   この竹林は、隣家のものだ。すると当然、本来ならば笋も隣家の持ち物ということになるが、べつに掘っている现场を见つかっても、挨拶されるのが関の山だ。こういうところ、この里は実に鹰扬だった。もっとも、隆の家の栗山にも——といっても、べつに栗を作っているわけではなく、たまたま栗の木が多いにすぎないのだが——、好き胜手に近所の者が収获に行くらしいので、长期的に见れば一种の物々交换なのかもしれない。
「へー。——あ、见つけた!」
「あった?」
   典子は自慢げに足下を指さす。
「お兄ちゃん、掘っていいよ。诞生日のプレゼントだ」
   やっとのことで见つけた小さな笋を二本堀って山を下った。途中、隣の家と隣の家の间を抜ける细い斜面を下る。田舎では土地の境界线がはっきりしない。人は他人の家の庭先を突っ切って近道をする。坂を下る途中、庭で植木に水をやっていた隣家の老人が声をかけてきた。
「おや、もう直树くんが来る顷か」
   この集落では隣近所は亲戚同様だ。自分の亲族のように人间関系を把握している。
「お久しぶりです」
   直树が头を下げると、典子が笋を示す。
「すみません、掘っちゃいました」
   老人は破颜する。
「猪の先を越したか。そりゃあ、よかった」
   言って、そうだ、と老人は纳屋に駆けこむ。すぐに小さなビニール袋を提げて戻ってきて隆に差し出した。
「少しだけど、今朝、椎茸を采ってきたから」
   隣家では杉林の中で椎茸を栽培している。郁苍と繁った林の中は、栽培に都合がいいらしい。自宅用に栽培しているものだが、余るとこうして分けてくれる。隆の家でも教室の茶菓子が余ると分けるから、これもやはり物々交换の一种だろう。
「……いつもすみません」
「いいや。——直树くんと典ちゃんが来たんじゃ、赈やかでいいねえ。お母さんも、これで気が晴れるだろう」
   直树は瞬いた。头を下げる隆を见る。
「——なんか、あったのか?」
   これには老人が答えた。
「美纪子さんも苦労人だし、悩みごとが绝えんのだろ。近顷、なんか郁いでたもんなあ。しばらく家が赈やかになれば、気も変わるだろ」
   隆はただ、礼を述べた。
「——ねえ、伯母さん、どうかしたの?」
   首をかしげたのは典子だ。昼食を待つ间、垣根を直す隆の侧で、直树と典子は草むしりをしていた。
「べつになんでもないと思うんだけど……」
   隆は棕榈縄で器用に竹を编んでいく。
「でも、隣のお爷ちゃんもああ言ってたじゃない。朝も暗い颜をしてたし」
   直树は典子を振り返った。
「お前、见てないようで见てるな」

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「あたりまえ。小学校のIQテストじゃ、お兄ちゃんより成绩よかったんだかんね」
「知ってっか?IQが高いってのは、精神年齢が高いってことなんだぜ?要は中身が老けてるってこと」
   典子はちちちっと指を振る。
「成熟してるって言ってほしーなっ。少女の身体にオンナの心」
「ばぁか。蒙古斑取れてから言えってーの」
   直树は妙なシナをつくる妹を小突いてやった。典子は笑って、そしてふいと怪讶な目をする。视线は直树を通り越して、その隣の隆に向かった。
   隆はぼうっと棕榈縄を见つめている。心ここにあらずという风情で。
「隆ちゃん、どーかした?」
「え?」
   典子が声をかけると、あわてたように振り返る。これも、常には决してないことだと直树は思った。隆は人の轮の中でことさらはしゃぐことをしなかったが、かといってこんなふうに闭塞してしまうことも、うわのそらになることもなかったからだ。
「本当にさ、なーんか変だぜ、お前も伯母さんも」
「……ちょっと寝不足で」
「悩みごとなら闻いてやるって」
「そんな大层なことじゃないよ」
   微笑む隆に典子が身を乗り出す。
「まさか、あれ?ヤクザっぽい男が伯母さんに目をつけたとか、家が悪徳不动产屋に狙われてるとか」
   隆が目をパチクリする。
「……なに、それ」
「なんだよ、それ」
「だって、母子家庭の危机のセオリーじゃん」
「お前はなー」
   小突き合う兄妹を隆は笑う。
「そんなんじゃない。仆は単に寝不足なだけだし。それも悩みがあってとか、そういうんじゃないんだ。なんとなく夜更かしのクセがついただけ。——母さんは……」
   言いかけて口を噤む。ふっと颜色を昙らせた。
「どうした?」
「分からない。最近よく郁いだ颜をするな。なんだか……変な言い方だけど、仆が歳をとるのを気に病んでいるみたいだ」
   直树は首をかしげる。
「なんだよ、それは」
「だから、分からないんだよ。ただ——人に仆の歳を讯かれたとき必ずああいう颜をするから、そんな気がしてるだけ」
   隆は眉根を寄せて棕榈縄を结ぶ。不安になるほど深刻な表情を见せた。
「母さんは、仆が十七になるのを嫌がってるように见える」
「なんだよ、それ」
   だから、と隆は困った颜をした。
「うまく言えないけど、歓迎してない感じ」
   直树は母亲の颜を思い出した。由岐絵もやはりそんな颜をした。どこか不安げな表情だった。
「お母さんと一绪だ」
   典子が呟いて、直树はギョッとする。
「お母さんもあんな颜したでしょ?家を出るとき。お兄ちゃん、変な颜してたじゃない」
   直树は、こいつは本当によく见ている、と内心舌を巻いた。
「それにね、ちょっと前にもおんなじことがあったの。お母さんにお兄ちゃんのプレゼント、なんにしようって相谈したとき。『直树もとうとう十七になるのね』って」
「とうとう?」
   直树が讯き返すと典子は颔く。
「変な言い方だなと思ったんだ。あたしが、十七がどうかした、って讯いたら、『反抗期ね』って言ってたけど。でもさ、いまどき十七で反抗期はないよね」
「ああ……」
   直树は首をかしげる。伯母も母亲もどうしたというのだろう。常には决してしない表情を、よりによって息子の诞生日に関わったときにする。
「そーいえば、あれもそうだったのかな」
「——え?」
「だから、一昨日。家を出る前の日よ。わざわさお兄ちゃんの小さい顷のものを引っ张り出したりして。押し入れの整理なら大扫除のときにしたのに」
   小さな沈黙の中で、隆がひどく不安げな目をするのを、典子も直树も见逃さなかった。

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   昼食の间、美纪子はしごくいつもどおりだったし、直树と典子はが他爱もない言い争いをしているのに、声をあげて笑いもした。——そもそも周囲の人间の考え过ぎなのか、それとも隣家の老人の言ったとおり、赈やかな客人に心配事を忘れているのだろうか。
   午后からは、笋掘りで狩猟本能とも穴掘り本能ともつかないものに目覚めた典子が顽强に主张して、山の芋を探しに行ったが、素人が三人集まって蔓を见つけられるほど、山は甘くなかった。せっかく持参したスコップは、隆が発见した雾岛虾根を掘りあげるのに使われた。
   一株の兰を持って帰りつくと、すでに夕饭时、ちょうど老妇人が美纪子に见送られて门を出るところだった。
「おかえりなさい」
   美纪子の声に、老妇人が直树たちを振り返った。丁宁に头を下げる隆に仿って、直树も典子も最敬礼する。彼女は目を细めて三人を见つめたあと、美纪子に笑颜を向けた。
「先生のお子さんですか?」
「ええ。息子と……妹の子供です」
   妇人は隆に笑みを含んだ视线を向けた。
「こちらが息子さん?雰囲気が似てらっしゃるわ」
「そうでしょうか」
「おいくつにおなりですか」
   问われて美纪子はぎごちなく微笑う。
「今年で……十七になります」
   やはり、讯かれたくないことを讯かれたような表情だった。
   立ち话を続ける美纪子と老妇人を置いて三人は家に入った。茶の间に戻ってすぐ、隆は三代にねだられて夕饭の用意にいく。足に三代をまとわりつかせ、台所に姿を消した。すぐに暖帘の向こうで缶を切っている音がした。
「なーんか、気になる……」
   声をひそめて腕组みをする典子を直树が小突く。
「勘ぐりすぎだって。わたしも歳をとったわねー、なんて思ってるのかもしれないぜ」
「……お兄ちゃん、それ本気で言ってるわけ」
「だーから。考えてもしょうがないだろ。伯母さんだって、いろいろ考えることもあんのさ。まさか、どうしてって问いつめるようなことでもないし」
「そりゃ、そうだ」
   典子はおどけて颔いた。しかしすぐにぷくんと頬を膨らませた。
「あたし、やだな」
「なにが」
「伯母さんと隆ちゃんがあんな颜するの。人间くさくてなんか悲しい」
「人间じゃなかったらなんなんだよ」
   茶化しながらも、直树は胸を突かれた気がする。典子も同じことを感じているのだ。
   ここは隠れ里。异界のとばぐち——。
   戻ってきた美纪子は忧郁な颜など忘れたふうだった。笋ご饭だ、とはしゃぐ典子をやわらかく见守るいつもどおりのおっとりとした笑颜。
「自分の笋だと思うと、いっそうおいしい気がする」
「典子のじゃないだろ。それ、隣の笋」
「お爷さんは、采れてよかったって言ってくれたもん」
「第一、俺にくれたんじゃなかったのか?诞生日のプレゼントなんだろ?」
   言ってから、直树はしまった、と軽く思った。案の定、美纪子はなにか嫌なことをふいに思い出した颜をした。
   典子は一瞬、直树を睨んでから満面の笑みを浮かべる。
「でも、田舎っていいよねー。その辺に食べ物がいっぱいある」
「その件については大賛成」
「秋にも来たいなー。栗あるんだよね、栗」
   隆は軽く笑う。
「あるけど。谁も手入れしてないから、虫食いだらけだよ」
「それでもいいもん。栗おこわー」
「お前、食べることばっかりなのな」
「景色はいいし、静かだし、空気は绮丽だし」
「そんなにここがよければ、引っ越してくれば?」
   言って直树はにんまり笑ってみせる。
「ちょうどいい、隆に嫁にもらってもらえ。隆ぐらいっきゃいないぞ、お前なんかでも、もらってくれるようなお人好し」
「あのねえ」
「ちびの顷にも嫁さんになるって言ってたじゃん。——隆なら我慢してくれるよな」
   隆が軽く笑う。
「典ちゃんが年顷になっても田舎に兴味があればね」
「おお。さすがに隆はボランティア精神にあふれてる。初恋が実ってよかったなあ、典子」
「……そんなふうに言っては典ちゃんが可哀想だわ」
   美纪子が言って、直树は思わずその颜を见た。その声は明らかになにか苦いものでも含んだような响きがあったからだ。
「まだ中学生だもの。そんなの、ずっと先の话だし、いまから考えられないでしょう?」
   美纪子は典子を见つめる。典子は箸をくわえたまま、なにかを呑み下すようにして上目遣いに颔いた。
「……う、うん」
「それに典ちゃんは、都会育ちだもの。年顷になったら、もっと都会的な人のほうがよくなると思うわ」
   美纪子は目を伏せたまま言い添えた。
「第一、 隆だってまだそんなことを考える歳じゃないもの……」
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「お兄ちゃんの马鹿」
   典子は直树を睨む。
   なんとなく気まずいまま夕饭を终えると、后始末をして、美纪子は早々と部屋に引き笼もってしまった。
「あたし、ちょっと伤ついちゃったわ」
   ごめん、と诧びたのは直树ではなく隆だ。
「べつに含みがあって言ったんじゃないと思う。……このところ、なにか郁いでることと関系があったんじゃないかな」
「歳の话?」
「……うん。典ちゃんがどうこう、という意味で言ったんじゃないと思うよ。でも、ごめんね」
「日顷の行いだよなあ、典子」
   直树が言うと、典子は口を尖らせる。
「なによぉ」
「俺が伯母さんでも、こーんなけたたましい嫁が来るのは御免だもんな」
「なんだとー」
「俺が考えなしだった。よく考えりゃ、お前がここに住めるわけねーわな。着物着れないし、着ても似合うとは思えねえし。うるさいし、やかましいし、けたたましいし、かしましいし、さわぐし」
「くどいっ」
「それはないよ。母さんは典ちゃんをすごく気に入ってるんだから」
   隆の声音は直树を窘める调子だ。
「きっとなにか、别のことで気が立ってたんだと思う。典ちゃん、ごめん」
   隆の调子はひどく真面目で、それででか、典子は慌てたように手を振った。
「隆ちゃんが谢ることじゃないよお。実はたいして気にしてないの、ホント」
   典子が言っても、隆はひどくすまなさそうにしている。
「隆ちゃんはお兄ちゃんみたいなんだもん。バカ兄贵が调子にのっただけで、べつにあたし、そういうつもりじゃないし。——それよか、伯母さんがあんな物言いするほうにびっくりしちゃった。それが心配」
「うん……どうかしてる……」
「まあ、母一人子一人なんだから、いくら美纪子伯母さんでも、お嫁さんの存在は嬉しくないよねえ、当然」
「そりゃ、うがちすぎ」
   直树が口を挟むと、典子は指を振る。
「甘いね、お兄ちゃん。世の中の嫁姑が、どれだけそれで揉めてると思ってんの」
「いくら不机嫌でも伯母さんは嫁いびりはしないと思うぞ」
「それにあたし、覚えてるもん」
「なにを」
「昔、无邪気な童女が隆ちゃんのお嫁さんになるー、とかいった时にね、やっぱり伯母さんはすごーく困った颜をしたの」
「まさか」
「本当だってば。それは困る、って伯母さんの颜に书いてあったもん。それであたしは将来设计について再考を促されちゃったわけよ」
「へえ」
「——とはいっても、あの当时は単にここの家にずーっといたら、学校に行かなくてすむなあ、というそんだけのアサハカな考えだったんだけどね」
「アホか、お前は」
「それこそ若気のいたりってやつよ。カンガルーに比べたらましでしょ?」
「それを持ち出すの、いい加减にやめろって。——しかし、よっぽど嫁さんが来るのが嫌なんだな、そりゃ」
   子供にそれと分かるほど嫌な颜をする美纪子というのは、直树にはちょっと想像がつかなかった。
「でしょう。だから泣く泣く谛めたの。隆ちゃんのこと、アイしてたのに」
   よよと泣き真似をする典子に、隆は失笑し、直树は额を小突いて応えた。
「……けど隆、将来たいへんかも」
   隆は困ったように笑う。
「そういうことは、将来になったら考えることにする」
「そりゃそーだ。いまから心配してもしょーがねえし」
「直树に比べれば、ましだしね」
「——あ?」
「カンガルーのお嫁さんじゃ、伯母さんは歓迎しないと思うな」
「隆……てめー」
   典子は笑いころげる。
「かといって、人间のお嫁さんは来てくれないだろーしねえ」
「それはどう考えても无理だろうな」
「お前らな……」
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なぜいまごろ。昨日までのあれは、确かに人间の匂いなどさせなかったのに。
   人なのか?最初から人だったのか?
   そんなはずはないと隆は三代をのぞきこむ。さっきまで逆立てていた毛并みを舐めて、寝入るように目を细めている老描。人间ならば、三代があんなに嗔るはずがない。三代は隆以外の人间に决して驯れなかったが、だからといって威吓したりはしない。猫らしい无関心さで黙杀するだけだ。
   ふいにぞくと背筋が冷えた。
   なにか自然の摂理に反したものが急に人の形をとった、そんなふうに考えてしまったからだ。
   三代をたよりに隆は身体を横たえたが、长く眠りにつくことはできなかった。
       5
「ね、隆ちゃん、なーんか元気なくない?」
   讯いたのは典子だった。
   遅い朝食を食べて、軽い运动がてら集落の下にある沢に昼饷用の蕗を摘みにいったときだ。
「……そうかな?」
   首をかしげて典子を见やる隆を、直树は眺める。
「目ぇ、赤いぜ。寝てねえの?」
   そういえば、今朝は起きだすのが直树の次に遅かったらしい。希有なことだ。隆は老人并みに朝が早い。というか、自然のサイクルと离反した生活があまり好きでないようなのだ。
   こくんと颔いて、隆は色の浓い石蕗を丁宁に折る。浓い縁の丸い叶が揺れて、つんと蕗の芳香がした。
「……なにか、変なんだ、最近」
「変って」
   真面目に问い返したのは典子で、
「ついに思春期か」
   茶々を入れたのは直树だ。
   隆は暧昧な笑みを见せる。
「夜に……」
   言い淀んでから、
「……いいや。やめた」
   笑って颜を上げた。
「言いかけてやめるのはずっこいと思う」
「だよな」
   隆は困ったふうだ。さらにふたりで促したが、结局なにも言わなかった。ただ、なにか言いたげに直树に目配せはしたけれど。
   腕时计を见て、そろそろお昼だよ、と言って典子が帰る様子をした。隆が、白芋を摘んでいくからと答えて、直树はそれに仿うことにした。
「じゃ、あたし先にこれ持って戻るね」
   言いおいて、典子は集めた蕗をかかえて沢を川上へ駆けていく。その背を见送ってから直树は、
「——で?」
   水に磨かれてもろくなった岩に座って、隆を促した。
「典ちゃんには闻かせたくないんだけど」
「分かってるって」
   隆は言いにくそうに目を伏せる。
「……夜に……変な気配がするんだ」
「なんだよ、それ」
「……だから」
   隆は言叶を探すようにする。少しの间、瀬を见つめて视线を上げた。
「直树、うちで変な気配を感じたとか、変なものを见たとか……そういうことってある?」
「お前、あんのか?」
   隆は神妙に颔いた。
「変なモンって……これ?」
   直树は両手を前にダレンと掲げてみせる。隆は再び神妙な颜つきで颔いた。
「なーに言ってんだ」
   直树は大笑いしてしまった。
「女みたいなことを言わんでくれよ。いるわけないだろ、そんなの」
   隆は大笑いする直树を恨めしげにねめつける。
「まさか、それで?ビビって眠れなかったって?こいつは杰作」
   困惑したように视线を落としてしまった隆を、直树はのぞきこんだ。
「で?なにが出るって?人魂か妖怪か、幽霊か?」
「気配がするんだ……」
   隆は真剣な目を膝にのせた自分の手に注いでいる。
「……人の気配」
「そんだけ?」
「いまのところはね」
   隆の様子があまりに真面目で、それで直树はかえって笑ってしまう。
「よしよし」
   直树は蕗の匂いのする手で隆の头を叩いてやった。
「お兄ちゃんが、今晩ついててやろっか?ん?」
「……もう、いいよ」
「なに?マジなわけ?」
「もういい……」
   呟くように言って隆は目线を落とした。狭い沢を透明な水が砕けた结晶のような飞沫をあげて駆け下っていく。
   本気で言っていたのか、少しは真面目に相手をしようか、直树はそう一瞬だけ迷い、——结局やめた。

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   6
   ——夜が来る。
   眠りの夜、安息の夜。
   ——そしてあるいは。悪梦の夜。暗暗を百鬼が跳梁する夜。
   隆は迷った末に障子を开け放しておいた。雨戸は最初から引いてない。縁侧の大きな硝子をはめこんだ扫き出し窓からは庭の様子が一望できた。
   月は杏の形。明るい光が枫をすかして苔の上に落ちている。
   枕元の目覚ましを取る。时刻は二时。もうすぐあれがやってくる。
   カサと微かな音がして、三代がうなり声をあげたのが始まりだった。
   微かに草を踏み折る音が山のほうでして、それがパキパキと近づいてきた。竹林の叶は打ち寄せる波の形、月の光に银。银の波头のその下には真っ暗な暗が淀んでいる。暗の间にほのかに白く、见え隠れするように伸びたのは干。微かな音はそこでする。强い気配を放射する。
   あの暗のなかになにかがいるのだと隆は捕らわれるように山を见つめた。脉が上がって呼吸が荒い。
   一番前列の竹のあたりで微かな音がガサ、として、そこに白い染みが现れた。冬の日の人の吐息のようだった。小さな白い块が、繁った竹の狭间にともる。それはぼんやりと辉くと、烟か霞のようにゆらめいて、庭のほうに近づいてくる。
   垣をすり抜け、それはゆっくりと庭に入ってきた。ゆらゆらと揺れるごとに成长して、もう子供の背丈ほども大きい。枫の枝先まで来たところでその木阴に入り、そしてその木阴から出たときには确かに人间の姿を现していた。
   鼓动が跳ね上がった。悲鸣をあげぬよう、唇を噛む。
   人间だった。女だった。
   年かさの女だ。白っぽい着物を着ていた。素足で苔を踏む。微かな音が耳に届いた。
   その颜に笑みを刻んで、女は左手を軽く上に挙げていた。肘から曲げて身体の脇に手を掲げている。その手には纽が握られていた。——まるで縄跳びでもするように片手で提げた一本の纽。
   三代が激しい念り声をあげた。飞びかかろうとするように深く身体を曲げ、隆の膝の上で身构える。
   女は隆を见据える。隆は目を逸らすことができなくて、女を见つめる。
   ——これは人ではない。确かにさっきまでは人ではなかった。
   女の形をしたものは縁侧の外までやってくると、笑ったままで纽を首に巻いた。见せつけるようにして自分の首を括る。纽が首にくい込むほど强くその両端を引いて、それでもなお声ひとつないまま高らかに笑っている。
   目を逸らしたくて、それができなくて、隆は女を凝视する。荒い呼吸に妨げられて、声を出すことさえできなかった。
   女は喉を反らしてひとしきり笑い、纽の両端を手放す。放した手を硝子につけて部屋の中をのぞきこんだ。目は哄笑の形、あまりに造り物めいて狂気の色を隠せない。
   女は両手を硝子に突いたまま、その场にゆるゆるとしゃがみこんでいった。窓の縁から笑う目元だけをのぞかせる。钩爪の形に指を曲げて、硝子の表面をカリカリと掻いた。
   逃げよう、と隆は思った。腰を浮かすと女も立ちあがる。子供のように両手を突き、额を硝子に擦りつけて部屋の中をのぞきこむ。
   そろそろと隆は膝で下がる。女はふと呼びとめるように口を开いた。唐突にすがる表情をして、顽是ない手つきで硝子を叩く。
   视线をはずせないまま、逃げなければ、と隆は思う。
   思ったとたんに、自分がたしかにその女を知っていることに気がついた。
       **
   ——雨が降っていた。
   ——おかあさん。
   子供に向かって女が走る。
   ——やめてください。
   ——やめてください、お愿いします。
   男の足が女の膝を蹴り、下腹を蹴る。女の悲鸣が走った。
   ——この子はわたしの子供です。
   手首を裂いた血が流れて伝った。
   雨は降る。
   ——おかあさん。
2009年12月11日 13点12分 22
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tulip_87 楼主
三章
       1
   直树が目を覚まし、颜を洗って茶の间に行くと、もう美纪子と典子は卓の前に座っていた。
「おはよ。……あれ、隆は?」
「まだなのよ」
   美纪子が微笑う。
「どうしたのかしらね、最近。朝が遅くて」
「さすがの优等生も刃こぼれする年顷か。愿ったり、かなったり」
   直树は笑う。小さい顷からなにかにつけて较べられてきたのだ。直树にしてみれば、隆が人间くさく堕落するのは大いに歓迎するところだ。
   势いこんで箸を取りあげた直树の手を典子が犬か猫のようにはたく。
「意地汚い。起こしてきな」
「隆だって、夜更かしすることくらいあるって。めったにないことなんだから寝させとけば?」
「ホラ。行けってば」
「うるせえオンナ」
「なんだよー」
「悪ぃ、女じゃなくて、ガキだったな」
   舌を出して、直树はしぶしぶ隆を起こしに行く。直树よりも隆のほうが遅いなんて、记忆にある限り前代未闻の珍事だ。
   そう思いながら廊下を歩き、直树は昨日、隆が奇妙なことを言っていたのを思い出していた。
「……まさか、関系ねえよなぁ」
   ほんの些细な表情が、どうしてこれほど気にかかる。隆にしても美纪子にしても。
   隆の部屋の袄は珍しくぴったり闭ざされていた。三代は中だろうかと思いながら、秘色に银で青海波を描いた袄を叩く。弾き手は舟形。薄い苍绿の海、银の波、ぽつんと浮かぶ黒い小舟。声をかけながら袄を开けた。
「——隆?」
   开けたとたんに风が通った。隆は布団に座って、じっと庭を见つめていた。縁侧に面した障子は全部开け放たれて、しんと冷たい朝の风が通っていく。
「どうした?饭だぜ」
   直树の声に振り向いた。瞳が直树の后ろで焦点を结ぶ。
「——なんだ?具合でも悪いのか」
   なんだかおかしい。まるで魂を置き忘れてきたような风情。いぶかしんで中に入ろうとした刹那、隆はふいと横を向いて低い声を投げた。
「いま、起きる……」
   直树は少し胸の騒ぐ思いで、その造られたように坚い背中の线を见ていた。
「具合が悪いんだったら……」
「なんでもない」
   ぴしゃりとした声が返ってくる。こんな有无を言わせない调子の声を闻いたのは初めてだった。
   なんだろう、これは。まるで隆ではないようだ。声も姿も気配までも、隆本来のそれになにか异なる影をかぶせたようだ。——そう、违和感。
   ばかな、と直树は思う。なんだって自分はそんなことを考えているのだろう。——违和感だって?ここにいるのは隆じゃないか。
   直树が声をかけあぐねていると、やがて隆が振り向いた。
「いま、行くってば。手间をとらせてごめん」
   直树に微笑う。その笑颜をみて直树はようやく安堵する。いつもの隆だ。どこにも违いはない。そもそも违うはずがない。
「眠いんだったら饭喰ってから寝ろよ」
「そう何度も责めなくたって、もう起きます」
   茶の间に现れた隆に向かって、美纪子は第一声、具合でも悪いの、とひどく心配そうに讯いた。
「いや、寝过ごした。ごめんなさい」
   微笑って座り、箸を取って手を合わせる。それを美纪子は妙にほっとした様子で见守った。
   鱼をほぐし始めた隆の脇に、三代がのっそりと近づいて、隆は三代を振り返る。
「朝ご饭、まだなのか?」
「もう食べたよね」
   典子が三代に同意を求めた。もちろん三代の返答はない。三代は隆の脇で、じっともの问いたげに颜を上げている。隆はほぐした白身を少しだけ掌に取って、三代に差し出した。三代はその掌に颜を突っこみかけたが、ふいと横を向くと茶の间を出ていってしまった。
「隆ちゃん、ダメだよぉ。三代、ダイエット中なんでしょ?」
「少しだよ」
「その一口が肥満のもと。三代のほうがよっぽど心得てる」
   典子に笑われて隆も笑みを返す。直树は突然、その笑颜にひどい违和感を覚えた。
2009年12月11日 13点12分 23
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