──しかし、愚地克巳は物語を通じて強いキャラになりましたよね。すごく。


板垣恵介 あれは、ピクルと闘いたくて皆が忍び込んで夜這いをかけたことがあったじゃない。その時、克巳は勝てないことが分かってて、戦う気も無いくせに戦いたいかのような態度をしたでしょ。「敗北を予感しながらも父親を前にしてうっかり虚勢を張ってしまう」「しかも瞬殺を免れたなら──加勢も期待できると」「だから相手にもされんのだ──俺にも刃牙にも父親にも」と、勇次郎に酷いこと言われて。
──あれ、いいですよね。だけど、可哀想過ぎるとも思いましたが。
板垣 それで克巳が勇次郎をカッとして蹴飛ばしたら、靴の紐を取られて、紐を投げ返されて顔に巻きついて……。克巳にえらいことやっちゃったなと。「やりすぎたな。克巳ごめん」って。で、克巳が登りつめていくシーンを描いてやるしかないと。それ以外に俺が克巳に謝る方法は無いもの。烈海王が足を喰われて、克巳が怒ってピクルのことを嘗めてるって言ったでしょ。でも、独歩は理路整然と「ワカッとらんな……」と、あれは嘗めてるでも何でもなくて、餌なんだから、食べ物なんだから食べた、ってそれだけの話。俺たちが魚や肉を嘗めてないように、ピクルはちっとも嘗めてるっていうことじゃないという意味のことを言ったわけ。それに対して克巳が「ワカッてないのはアンタだ」「そーゆーのをナメてるって言うんだよ!!!」って激怒したのよ。もう俺、あの時、描いていて泣いたもん。「よく言った!」。それが頭に浮かんだ時に、もう目頭に来たね。「よし、ここからだ。ここから克巳の物語が始まる」って昂りましたよ。
──克巳は腕をなくしたけど、自分のオリジナルの強さを身に付けていく。そこがまたすごいですよね。読者としてはすごく嬉しかったんだけど、一方では烈海王は足まで喰われたのに、なんでこんな風に死んでしまったんだろうという切なさも…。
板垣 あれはもう、宮本武蔵が出てきた以上は、「誰かを斬るんだ」っていうのは、最初からのテーマだったから。
──誰かは武蔵に斬らせようと?
板垣 必ず斬られる人間が出る。だから、最初は本部以蔵のつもりだったのよ。以蔵を斬らせても、大局に影響はないだろうなと。でも以蔵が「俺が守護(まも)らなかったら──」って、古武術に生きてきた経歴から言っても「俺以外に誰がいるんだよ。俺が皆を守護らなくてどーすんの!」って言った時に、担当者が笑ったんだよ、爆笑。それで話しているうちに、「絶対に盛り上がるじゃん」「これ、本当に勝ったらすげぇな」って。「本当に守ったとしたら、こんな感動ってなかなかないぞ」と考え直して、「よし、これはもう本部を、克巳のように起ち上げて行こう」ってなったわけ。それで誰かが代わりに斬られなければいけなくなって、「ところで烈って今、何やってんの?」と、それで、烈がチャンピオンに勝って帰ってくるっていうシーンに変えたというのが真相。そりゃあ、烈が斬られたら、すごいシーンになる。でも、「烈を殺すのは、なんとか考え直せないだろうか」って編集部からも言われてね。
──全員思ってましたよ、読者は。
板垣 じゃあ、俺の方から質問するよと。東京湾からゴジラが上がってきたときに、ビルを壊さないように、道路を傷めないように、人を踏み潰さないように、一通り歩き回って、火も吐かずに、何一つ被害をもたらさずに東京湾に帰ったら、皆怒るだろと。「ぶっ壊せよ! 何やってんだよ、ゴジラ!」って皆怒るよと。同じロジックで、宮本武蔵が出てきた以上は、誰かを斬らなければ、決着をつけなければしょうがないんだ。そして「誰を」と言ったら、誰もが納得する強者じゃなきゃいけないんだ。俺だって、烈を切らずに宮本武蔵のキャラが立つんだったら、そっちを選ぶよ。でも「どうしてもそれ以外には、考えられない!」って。その時はもうね、涙が出たよ。「俺だってそうしたいよ」って。でも、そのぐらい思い入れがあったんで、いいシーンになったと思うよ、あの斬るシーンは。どう考えたって「これはもう無理。絶対にこれは死んだ!」って思わせるシーンじゃなかったらいけない。それで「次に活かせる」と言って死んでいく。「これはもう100点満点だな」って。