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我爱NANAHO
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标记の通り、柳沢敦选手が、京都サンガに完全移籍することが决定しましたので、お知らせ致します。 ■柳沢敦(やなぎさわ・あつし)<生まれ>1977年5月27日、富山県射水郡小杉町(现射水市)出身<主な経歴>FCひがし(富山)―富山第一高校—鹿岛アントラーズ(1996)―サンプドリア(2003)―メッシーナ(2004)―鹿岛アントラーズ(2006)<鹿岛アントラーズおよびイタリアでの成绩>※别纸参照<国际Aマッチ通算成绩>58试合17得点<FIFA公式大会での日本代表歴>ワールドカップ(A代表) ▼2002(ベスト16) ▼2006(1次リーグ败退)コンフェデレーションズカップ(A代表) ▼2001(准优胜) ▼2005(1次リーグ败退)オリンピック(U-23代表) ▼2000(ベスト8)ワールドユース(现U20ワールドカップ、U-20代表) ▼1997(ベスト8)<ポジション>フォワード(利き足=右)<サイズ>177センチ、75キロ<柳沢选手コメント> この度、长年お世话になった鹿岛から移籍する事を决意しました。 入団してから12年、鹿岛ではいろんな事を経験させて顶き、感动や喜びを味わうことが出来ました。 これも、常に声援を送り続けて下さったサポーターの皆さんやチーム関系者の皆さん、そして共に戦ったきた选手の皆さんのお阴だと思います。 この决断は简単なものではありませんでした。 元日の决胜后のサポーターの皆さんからの「ヤナギサワコール」。関系者の方の方々から「残ってほしい」と言って顶いた言叶。仲间の言叶・・・。 自分の中ではある程度早い段阶で决めていた部分もありましたが、自分の中で决めた后が苦しい日々でした。 「プロ选手とはこういうものだ」と思う反面、プロ选手である前に「人として」という持论が头の中でグルグルしていました。 今まで、决断してきた事には责任を持ってやってきたつもりです。 そして、この决断にも责任を持って前へ进んでいきたいと思ってます。最后まで応援して下さった鹿岛サポーターの皆さん、本当にありがとうございました。また会える日を心から楽しみにしています。 最后に、元日の决胜后、あれだけ长く声援を送って顶いたのに、何の言叶も见つからず、皆さんの前でお礼の言叶も言えなかった事をこの场を借りてお诧びしたいと思います。ただ、ただ、感谢の気持ちでいっぱいです。 ありがとうございました。
2008年01月14日 05点01分
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