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hyb7029
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在游荡的时候发现的好像是TOSHI 的站!选了一点关于去见YOSHIKI时的,看的懂的大人请说下可以么`拜托了`「100万の言叶よりも1曲のうた」先日、数日间アメリカ・ロサンジェルスに渡米する机会があった。滞在の合间に、旧友と再会をした。场所は彼が所有するレコーディングスタジオだった。 10年ぶりに访れたそのスタジオは、当时にも増してさらに広くなっていて、何よりも惊いたのはそのスタジオ设备、机材の豊富さであった。おそらく世界一であろう。そのこだわりが彼らしいと思った。そんな世界最高峰のスタジオで、彼が创ったある楽曲を聴いた。やはり10年近く前、共通の友人の死别を経験したのだが、その悲しみ、痛み、绝望から生まれた曲だった。友人が死んだ数日後に一気に书き上げたという。涙のしずくを思わせる悲しく儚いピアノのイントロに美しいストリングスの调べが重なって、男性ボーカルの仮歌まで入っていたその楽曲は、いかにも彼らしい王道のバラードだった。その诗曲を聴きながら仆は涙が止まらなかった。こんなうたが世界中に届けばいいと、その曲を聴きながら心から思った。仆にうたってほしかったと言ってくれたその旧友のピアノに合わせて、そのうたをうたった。10年前と変わらず、彼が一音一音丁宁にピアノでメロディーを教えてくれる。それをなぞるように仆はうたう。彼独特のメロディーに彼独特のリズム感で言叶がうたになる。「ここちよく歌えるキーよりも、少し苦しいくらいの高さのキーがちょうどいいんだよ」と彼は言って、キーも决めた。あらためて通して歌ってみた。また涙がこみ上げてきた。「100万の言叶をならべるより1曲のうただね…」旧友は言叶を振り绞った。サングラスをしていた彼もまた涙しているように见えた。共にこころが动いた瞬间だった。多くを语らずとも、1曲の楽曲が再び仆たちをつなぎ合わせた。もしかしたら今は亡き大切な友が繋いでくれたのかもしれない。知り合って37年间、幼驯染の仆たちはなんだかんだといっても共に突っ走り続けてきた。 仆は世界を目指して走ることに疲れ、10年前に别々の道を歩むことを彼に告げた。杀伐とした自分の心や人の心を愈すような歌を歌いたいと思った。そして仆はこの10年间、日本中を旅して子供たちや、おじいちゃんおばあちゃんたちや、本当に多くの人々と直接ふれあい、歌ってきた。本当に感动と涙と学びの10年だった。そのかけがえのない経験を力に、友を失った悲しみから生まれた美しき命の歌を、今度は旧友と共に今の时代にこそ奏で、届けたいと思う。新たなる活动が始まる日がまもなく访れる。「100万の言叶よりも1曲のうた」とともに…。2007年3月21日 Toshi
2007年06月18日 16点06分
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