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マイケル・ジャクソン逝去に駅のホームで号泣
--前回のインタビューでは「マイケル・ジャクソンに救われた」と言っていましたが、それだけ敬爱するスターが亡くなってしまったときは、どんな心境だったんですか?
久川実津纪:3年前の6月25日ですよね。高校への登校途中、学校の最寄り駅に着いたときにそのニュースを知って、人生で初めて腰が砕けました。立てなくなっちゃったんです。で、涙が止まらなくて、ホームで大泣き。とにかく泣きました。憧れの存在、ヒーローが亡くなってしまって、本当に心にぽっかり穴が空いちゃったんですよね。本当に悲しかったです。自分の梦そのものだったし、いつか会いたいと思っていたけど、もうそれは叶わないので……。でもマイケル・ジャクソンからは音楽活动に対する姿势すべてに影响を受けているので、感谢しています。
--そんな久川さん。先日「正义って何だろね。ほんとにね。」とツイートされていました。あれはどんな状况や心境で书いたものなんでしょう?
久川実津纪:ニュースを観ていて思ったんですけど、社会の中で「正义」と言われているもの。それをみんなが「正しい」と思い过ぎていて、何かが歪んできているような気がして。……こういうことをよく考えちゃうんですよね。目に见えないものについて考えてしまうことがよくあります。优しさって何だろ?とか。
--ちょっと抽象的な质问になりますが、久川さんはどんな风に生きたいと思っている人なんですか?
久川実津纪:自分の心には嘘をつかず、正直に生きたい。それってすごく难しいことなんですけど。あと、ありきたりかもしれないですけど、人に优しくしたい。分け隔てなく、谁にでも优しくありたいなと思います。自分がしてもらって嬉しいことは、私も人にしてあげたいと思うし。
--その真っ直ぐに生きたい感覚は、2ndミニアルバム『まぼろしのカタチ』の歌词にも表れています。
久川実津纪:ありがとうございます! そうですね。人としての生き方を真っ直ぐにメッセージしているアルバムになったなって。
--久川さんって様々な状况や感情と正面冲突しながら歌词を纺いだり、歌ったりしてますよね?ぶつかって自分なりの答えみたいなものを导き出す。自分ではどう思いますか?
久川実津纪:日々そうして感じているものを歌词にしています。自分が目指しているものは、人の胸に寄り添える音楽なので、その为には自分にとってリアルな感情や感覚が乗せられないと成立しないんですよね。なので、例えば、谁もがいつでもポジティブに生きられる訳ではないから、その现実を理解した上で、踬いてもその先はあるって、光のある方向に诱ってあげられるような歌词を书いたりしています。
--どの曲も必死にポジティブな方向へと辿り着こうとしていますよね。これは久川さんが根っからのポジティブ人间だからこうなるの?それともネガティブだからこそポジティブを求めてこうなってるんですかね?
久川実津纪:后者ですね。私はすごく后ろ向きな考え方をしてしまう。それですごく落ち込んじゃったりするんですけど、理想としては「もっと明るく生きたい」と思っていて。だから歌词には「そう在りたい」とか「ここに辿り着きたい」っていう愿いも反映されていると思います。
--なるほど。ちなみに、どんなことで暗黒に潜っちゃったりするんですか?
久川実津纪:自暴自弃。人にどう见られているか気にすると、そこに陥りやすいですね。あと、私はよく失败を恐れてしまうんです。自分の作ってきたプライドなのかもしれないんですけど、自分の中で失败を许せなくて。そういうときに「自分なんて」と缲り返してしまう。ただ、そのモードのときの方が言叶は出てくるんですよ。歌词が书きやすい。悩むからこそ书けるというか。今作の「大切なものはきっと」の歌词も、そういう気分のときに书いたもので、悩みながら歩いていたら割れた花坛の中でも咲き夸っている花を见つけたんです。それで、私も自分らしく咲き夸れたらいいなと。大切なものはプライドとかじゃなく、弱さを见せられる强さ。それが持てるようになりたいと思ったことから、この歌词は生まれているんです。
2012年07月30日 13点07分