茶叶犬 茶叶犬
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伝统芸能へようこそ 市川染五郎さんに闻く 歌舞伎の楽しみ                    喜剧あり、               人情话に风刺あり、               歌舞伎は               多彩なエンターテインメント!  伝统芸能へようこそ      江戸时代、歌舞伎役者と庶民は 共生関系にあった  高杉:歌舞伎は日本の代表的な伝统芸能ですが、诞生したのはいつごろなんでしょう。 染五郎さん:1600年代の初期に出云のお国という女性が、京都の四条河原で演じたのが最初と言われてますね。 高杉:歌舞伎って、女性によって始められたものだったんですか!? 染五郎さん:そうみたいです。ただ、女歌舞伎は风刺を乱すという理由で、江戸幕府に禁止されちゃうんですよ。それに代わって、 少年だけで演じる若众歌舞伎が注目を集めるんですけど、またも禁止される。そこで登场したのが野郎歌舞伎で、役者は男だけ。 その后、元禄歌舞伎と呼ばれる时代に入って、芝居としての形を整えてゆくんです。 高杉:野郎歌舞伎以降は、幕府に禁止されることはなかったんですか? 染五郎さん:いや、芝居の中で封建制度や支配阶级を皮肉ったために、役者が逮捕されたり上演禁止になったりしたみたいです。  高杉:それにも拘わらず、歌舞伎は生き残ったわけですね。 染五郎さん:どんなに弾圧を受けようと、役者は演じたかったし、お客に芝居を见せたかったと思うんですよ。民众にしても、缔め付けの多い生活の中で娯楽を求めていたんでしょうし。そういう共生関系があったからこそ、生き残れたんだと思います。 高杉:支配阶级に属する人たちが、歌舞伎を见にくることはなかったんでしょうか。 染五郎さん:あったでしょうね。だから、大名の事件を扱った芝居は、人物の名前を変えたりしているんですよ。たとえば、『仮名手本忠臣蔵』という演目がそうです。これは赤穂浪士の讨ち入りを脚色した芝居なんですが、设定は江戸时代じゃなくて室町时代。登场人物の名前も、大石内蔵助(おおいし・くらのすけ)を大星由良助(おおぼし・ゆらのすけ)と変えている。そうやって手を替え品を変え、时には幕府に禁じられながらも上演を続けていたんでしょうね。 高杉:时事ネタを取り上げられることは多かったんですか? 染五郎さん:ええ。今で言えば、ザ・ニュースペーパーみたいなもんです(笑)。事件とかスキャンダルとか、とにかくお客さんが喜ぶようなネタを芝居にしていたわけで。 高杉:歌舞伎はそもそも、一般 大众の身近な娯楽だったんですね。それが今は、庶民にとってちょっと远い存在になっている感じがしますけれども…。  染五郎さん:一般 的に、伝统芸能は难しいと考えられているからじゃないんですかね。  高杉:染五郎さんはその伝统芸能を受け継ぐ立场なわけですが、歌舞伎役者の家系に生まれたことを、どう思いますか? 染五郎さん:仆は幸せだと思ってます。歌舞伎が嫌いだったら最悪でしょうけど、好きですから。 高杉:好きだと意识したのは、何歳ごろですか?  染五郎さん:物心ついたころから楽屋に游びに行ったり歌舞伎座で见たりしてましたので、もともと好きだったんじゃないかなぁ。 高杉:何が魅力だったんでしょう。  染五郎さん:歌舞伎の世界って、现実とは大きくかけ离れていますよね。弁庆のような隈取(くまどり)をしたキャラクターが登场したり、腰に刀を差していたり、回り舞台があったり。それが面 白かったんでしょうね。だから、歌舞伎を见ては、立ち回りや六法(ろっぽう:手を大きく振ったり足を踏みしめる演技)の真似事をしてました。
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